「楽しかったね」が、私の中から出てこなかった
どこかへ遊びに行く予定が決まっても、私は「楽しみだな」と思うことがありませんでした。
行きたくないわけではありません。
決められた日に準備をして、目的地へ行き、予定どおりに過ごして、家に帰る。
一つの行事を、淡々とこなしているような感覚でした。
遊びも、予定表に書かれた一つの行事だった
遊びに行くことは、本来なら楽しいことなのだと思います。
「今度、ここへ行こう」
「きれいな景色を見に行こう」
「おいしいものを食べに行こう」
そう聞けば、出かける前から楽しみになる人もいるでしょう。
でも、当時の私には、その「楽しみ」がありませんでした。
予定が決まれば、行く。
時間が来れば、出かける。
そして、予定を終えて帰ってくる。
遊びであっても、私の中では、やらなければならない行事とあまり変わらなかったのです。
景色は見えているのに、心が動かない
きれいな景色を見ても、「わあ、きれい」と感動することがありませんでした。
目には、きちんと見えています。
山も、空も、花も、建物も見えている。
けれど、ごく当たり前の風景として目に入ってくるだけでした。
景色を見て、心の中に何かが広がる。
胸が動く。
もう少し見ていたいと思う。
そんな感覚が、ほとんどなかったのです。
「楽しかったね」という言葉も、自分の中から自然には出てきませんでした。
楽しくなかったと言い切るほど、嫌なことがあったわけでもありません。
でも、「楽しかった」と言うことには、何か違和感がありました。
周りの人が感じている「楽しい」と、私が感じているものは、どこか違う。
私は、その違和感を長いあいだ、うまく言葉にできませんでした。
「私は、人生を楽しんでいないんだ」
そして、あるとき気づきました。
「私は、人生を楽しんでいないんだ」と。
遊びに行っても、楽しみではない。
きれいなものを見ても、感動しない。
その場にはいるのに、目の前の時間を味わっていない。
人生を生きているというより、毎日の予定や行事を、一つずつ処理しているようでした。
このことに気づいたとき、私は初めて、自分がどれほど「感じないまま」過ごしてきたのかを知りました。
楽しむ気持ちがなかったのではない
今振り返ると、私には楽しむ気持ちがなかったのではありません。
楽しみを受け取るだけの余白が、身体の中に少なかったのだと感じています。
神経が緊張していると、身体は目の前の楽しさよりも、周囲の状況を確認することを優先します。
時間は大丈夫か。
迷惑をかけていないか。
次はどうすればいいか。
一緒にいる人はどう思っているか。
何か問題は起きないか。
自分では意識していなくても、身体の内側では、気を抜かない状態が続いています。
そのため、景色は目に入っていても、それをゆっくり味わうところまでいかない。
遊びに行っても、「楽しい時間」ではなく、「問題なく終わらせる行事」になってしまいます。
身体を休ませても、神経が休めているとは限らない
疲れたら、ゆっくり休めばいい。
気分を変えたければ、遊びに行けばいい。
そう言われます。
もちろん、睡眠や休息は大切です。好きな場所へ出かけることが気分転換になる人もいます。
でも、身体が横になっていても、頭の中で考え続けていれば、神経は休めません。
遊びに出かけても、人混みや音、移動、時間、相手への気遣いに反応し続けていれば、神経にとっては休息にならないことがあります。
身体は休んでいる。
楽しい場所にも行っている。
それなのに、なぜかスッキリしない。
それは、休み方が下手だからでも、楽しむことが苦手だからでもありません。
神経がまだ、安心して休み、楽しさを受け取れる状態に切り替わっていないことがあります。
神経をゆるめるのは、人生を味わうため
神経をゆるめることは、ただ身体の力を抜くことではありません。
目の前の景色を見る。
食事の味を感じる。
人との会話を楽しむ。
面白そうなものに心が動く。
疲れたときには、自分の感覚で休む。
そうした、人生の中にある小さな感覚を受け取りやすくするための土台でもあります。
以前の私は、遊びに行っても、行事を終えたという感覚しか残りませんでした。
だから今、休んでもスッキリしない人や、遊びに行っても心が動かない人に伝えたいのです。
楽しめない自分を責めなくていい。
「もっと楽しまなければ」と頑張る前に、身体と神経が今、どのような状態にあるのかを知ってほしい。
楽しさを無理につくろうとしなくても、神経が安心して感じられる状態になると、目の前にあるものを受け取る余白が生まれます。
神経をゆるめることは、休むためだけではありません。
自分の人生を、自分の感覚で味わうためです。
「内臓と神経からの声を知る体験セッション」では、身体・脳・神経・内臓を一つのつながりとして見ながら、今の身体がどのような状態にあるのかを一緒に確認します。
※楽しさや感動を長く感じられず、日常生活への支障が続いている場合は、医療機関にもご相談ください。

